2008年06月14日
溜池蔵その8:三菱・ギャランGTO(2)
1月27日(日)お台場:2008JCCAニューイヤーミーティングにて、
貴重な旧車たちを『モデラー視点』で取材させて頂きました。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
かなり間があいてしまいましたが、三菱・ギャランGTO画像の2回目です。
バンダイ1/20、アポロモケイ/日東科学1/24、永大/バンダイ1/24、
ニチモ1/24、オオタキ1/28、セントラル1/32、アリイ1/32etc.
車体番号プレートは、マナスルグリーン色車のオーナーさま曰く、
本来はラジエータ上面向かって右側に付くのが正しいとのことです。
(ケニアオレンジ車画像にあるプレートが正規の位置。)
↓ ↓ ↓
三菱・ギャランGTO(その2)画像集はコチラです。
2008年06月12日
溜池蔵その7:マツダR360クーペ(1965)
またまた雑用所用に追われているうち早くも約3ヶ月更新出来ずにおり毎度スミマセン。
拙ブログは資料性はそれなりに有るほうとは思いますが、
速報性は限りなく低いです。
去る4月27日(日)横浜産貿ホールにて第70回 ワンダーランド・マーケットが開かれ、ひとしきり買い物を終えた後、会場内に展示されていたマツダR360クーペを、いつもの「モデラー視点」で徹底的に取材させて頂きました。
オーナーさまと御友人の方には改めて御礼申し上げます、
どうもありがとうございます。
現在発売中のモデル・カーズ誌146号P.46にも載っている車体です。
R360クーペのスケールモデルは当時モノの大滝製(ノンスケール・1/20程度)とLS(→アリイへ金型委譲)1/32のみで、その他は旧バンダイのブリキ、エブロ&ノレブ1/43、ダイドーキャンペーン品1/64、それとちびっこチョロQといったところですが、そろそろ1/24の決定版が欲しいところですね。
毎度お世話になっているホビダスブログさんでは、2007年11月から
最大ファイル容量が100MBから500MBに増量されたのですが、
画像をバシバシ載せたい私としては、また近いうちに限度いっぱいになってしまうのが見えているので、ヤフーフォトをサテライトとして活用したいと思い、画像掲載スタイルを変更してみました。
そんな感じで、マツダR360クーペ詳細画像はコチラになります。
2008年03月20日
確定申告のあとで…。
ずーっと雑用所用をこなしているうち早くもひと月更新出来ずにおりスミマセン。
またひとつ、齢を重ねてしまいました。
…私が物心つく頃の、昭和元禄な世の中に興味があります。
音楽も、クルマも、そしてカーモデルも。
当時の雑誌等を観ていて、その時代の雰囲気に憧れます。
また、その頃の花形レーサーとして、故福澤幸雄氏の後追いファンでして、数年前から少しずつ研究しております。
60年代のサーキットヒーローといえば生沢徹氏が第一人者ではありますが、
氏の活躍の陰で早世・夭折した人に、より興味をもっております。
サチオのON(マシン上)/OFF(デザイナー/モデル・芸能活動)における表情の違いがまた魅力だったりします。
今で言うところの「イケメン」の元祖的な人でした。
現在でも存命だったならば、最高にイカした素晴らしい紳士であった事でしょう。
月曜(3/17)は日頃お世話になっている友人氏と税務署で確定申告へ行ってきました。
例年同様、最終日は結構込んでいました。

諸所用が早めに終わったので、友人氏のゴチで鵠沼の三笠会館なるところで
私のガラにもなく高級ランチを御伴させて頂いた後、
私がサチオファンであることの話をしているうち、
私が「せっかく藤沢に住んでいるのだから、一度は嘗て彼の住んでいた場所(鎌倉市某所)を訪ねてみたい」、と言ったら、友人氏が
乗り気になってくれて、私が当時の雑誌で覚えていた番地をカーナビにセットして出掛けてみました。
…カーナビの終点あたりでクルマを停め、そこから先は徒歩で
それらしき跡地を探してみました。
あの辺りは閑静な住宅地で、特別な選ばれた人しか住めないような感がありました。
迷路のような住宅道路が多く、一つ間違えてもう一度出発点に戻った後、近くに住居案内板を発見し、改めて探索してみました。
該当する番地あたりに、やや広めのそれらしき空き地を見付けました。

その土地は石段を上がったところが更地になっていて、
何かの基礎だけ数年前に着工されたままのような状態でした。

偶々少し時間が出来たから訪れてみた訳で、特別準備していた訳ではなく、
果たして、ここで合っているかどうかは今ひとつ不明だった訳ですが、
近くの山あいの風景・ロケーションはきっと同じと確信し、
こういうところに住んでいたんだ、と肌で感じることが出来たわけです。
そのあとは、「サチオが亡くなった当時は富士霊園にあったお墓が、
ネットで調べたら、現在は鎌倉霊園へ移された、となってるんです」と
私が話したら、友人氏がまたまた乗ってくれて、その足で鎌倉霊園まで行ってみる事と相成りました。

…まあ広い広い、とてもじゃないけど見付けられたものではありません。
でもきっと良い場所にあるだろうということで、見晴らしの良い処へ登ってみました。
私のような一見さんが図々しくも管理事務所に墓番地を尋ねるのも
ナンだか憚られたので、サチオが眠る場所に来られて、そこからの眺めを見られただけでも満足なのでした。

それにしても、見ず知らずの私のような者が、こんな真似して良いのかな、
サチオと一緒に眠る御両親に訝られてしまうのではないかな、と
友人氏に訊いたら氏いわく、
「人間って、一番ツライのが、『忘れ去られてしまうこと』なんです。
だから、こうして想ってもらえることは、本人は喜んでいると思いますよ。」
…! 嗚呼、そうだ、確かにそうだ。
今を生きている我々とて、誰からも忘れ去られてしまうのは寂しいものですから。
…それにしても、墓地の小高い丘の上まで登ると、普段運動不足な身体にはチョットした
アスレチックになりましたよ。


またひとつ、齢を重ねてしまいました。
…私が物心つく頃の、昭和元禄な世の中に興味があります。
音楽も、クルマも、そしてカーモデルも。
当時の雑誌等を観ていて、その時代の雰囲気に憧れます。
また、その頃の花形レーサーとして、故福澤幸雄氏の後追いファンでして、数年前から少しずつ研究しております。
60年代のサーキットヒーローといえば生沢徹氏が第一人者ではありますが、
氏の活躍の陰で早世・夭折した人に、より興味をもっております。
サチオのON(マシン上)/OFF(デザイナー/モデル・芸能活動)における表情の違いがまた魅力だったりします。
今で言うところの「イケメン」の元祖的な人でした。
現在でも存命だったならば、最高にイカした素晴らしい紳士であった事でしょう。
月曜(3/17)は日頃お世話になっている友人氏と税務署で確定申告へ行ってきました。
例年同様、最終日は結構込んでいました。

諸所用が早めに終わったので、友人氏のゴチで鵠沼の三笠会館なるところで
私のガラにもなく高級ランチを御伴させて頂いた後、
私がサチオファンであることの話をしているうち、
私が「せっかく藤沢に住んでいるのだから、一度は嘗て彼の住んでいた場所(鎌倉市某所)を訪ねてみたい」、と言ったら、友人氏が
乗り気になってくれて、私が当時の雑誌で覚えていた番地をカーナビにセットして出掛けてみました。
…カーナビの終点あたりでクルマを停め、そこから先は徒歩で
それらしき跡地を探してみました。
あの辺りは閑静な住宅地で、特別な選ばれた人しか住めないような感がありました。
迷路のような住宅道路が多く、一つ間違えてもう一度出発点に戻った後、近くに住居案内板を発見し、改めて探索してみました。
該当する番地あたりに、やや広めのそれらしき空き地を見付けました。

その土地は石段を上がったところが更地になっていて、
何かの基礎だけ数年前に着工されたままのような状態でした。

偶々少し時間が出来たから訪れてみた訳で、特別準備していた訳ではなく、
果たして、ここで合っているかどうかは今ひとつ不明だった訳ですが、
近くの山あいの風景・ロケーションはきっと同じと確信し、
こういうところに住んでいたんだ、と肌で感じることが出来たわけです。
そのあとは、「サチオが亡くなった当時は富士霊園にあったお墓が、
ネットで調べたら、現在は鎌倉霊園へ移された、となってるんです」と
私が話したら、友人氏がまたまた乗ってくれて、その足で鎌倉霊園まで行ってみる事と相成りました。

…まあ広い広い、とてもじゃないけど見付けられたものではありません。
でもきっと良い場所にあるだろうということで、見晴らしの良い処へ登ってみました。
私のような一見さんが図々しくも管理事務所に墓番地を尋ねるのも
ナンだか憚られたので、サチオが眠る場所に来られて、そこからの眺めを見られただけでも満足なのでした。

それにしても、見ず知らずの私のような者が、こんな真似して良いのかな、
サチオと一緒に眠る御両親に訝られてしまうのではないかな、と
友人氏に訊いたら氏いわく、
「人間って、一番ツライのが、『忘れ去られてしまうこと』なんです。
だから、こうして想ってもらえることは、本人は喜んでいると思いますよ。」
…! 嗚呼、そうだ、確かにそうだ。
今を生きている我々とて、誰からも忘れ去られてしまうのは寂しいものですから。
…それにしても、墓地の小高い丘の上まで登ると、普段運動不足な身体にはチョットした
アスレチックになりましたよ。


2008年02月16日
溜池蔵その6:三菱・ギャランGTO(1)
1月27日(日)お台場:2008JCCAニューイヤーミーティングにて、
貴重な旧車たちを『モデラー視点』で取材させて頂きました。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
今回は三菱・ギャランGTOです。画像が多いので2回に分けます。
バンダイ1/20、アポロモケイ/日東科学1/24、永大/バンダイ1/24、
ニチモ1/24、オオタキ1/28、セントラル1/32、アリイ1/32etc.
拙ブログへ訪問してくださる方々の「検索ワード」では、
「カペラロータリー」「コロナマークII」と並んで特に多いのが
ギャランGTOです。
そんな皆様、大変お待たせ致しました…!?
会場を歩いていると、鮮やかな黄緑色(マナスルグリーン)の
GTO-MRが目に飛び込んできました。
丁度ボンネットが開いていたのでサターンAIII-DOHCエンジンを
拝見すると…
普段は模型のパーツでしか観ていなかった当方にとって、
実物は意外とコンパクトで、とても”可愛らしいなあ”という
印象でしたので、オーナーさまの御厚意により、エンジンルームを
中心にお腹いっぱいになるまで撮らせて頂きました。大変お世話になり、誠にありがとうございました。
…というのも、バンダイ1/20のファイアウォールは
簡素且つ平面的な出来で、実車のような深い奥行きのある造形とは程遠く、改造/修正のポイント要所となるのが明らかなためです。
キチンとカッコ良く作ろうと思うなら、非常に手強いですよバンダイ1/20は。
それに対して、アポロ/日東1/24は現時点で最強のプロポーション再現を誇っています。
今でも少々頑張れば日東版が入手可能と思いますが、
長年の生産により、サイドのレインモールがヨタってしまっていますので、削って新たにプラ材で再現しておきたいポイントです。
ところで、先回コロナマークIIの時にリンクしてみました懐かしの
「キイハンター」OPですが、
前期ではコロナマークIIの登場シーンにおいて、
後期OPではギャランハードトップGSとGTOに
「差し替えられて」いたんですね。
今では考えにくい話ですが、当時は両車とも三菱のイチオシな
ホットモデルでしたので頑張って売り込んでいたのでしょうかね…。














































貴重な旧車たちを『モデラー視点』で取材させて頂きました。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
今回は三菱・ギャランGTOです。画像が多いので2回に分けます。
バンダイ1/20、アポロモケイ/日東科学1/24、永大/バンダイ1/24、
ニチモ1/24、オオタキ1/28、セントラル1/32、アリイ1/32etc.
拙ブログへ訪問してくださる方々の「検索ワード」では、
「カペラロータリー」「コロナマークII」と並んで特に多いのが
ギャランGTOです。
そんな皆様、大変お待たせ致しました…!?
会場を歩いていると、鮮やかな黄緑色(マナスルグリーン)の
GTO-MRが目に飛び込んできました。
丁度ボンネットが開いていたのでサターンAIII-DOHCエンジンを
拝見すると…
普段は模型のパーツでしか観ていなかった当方にとって、
実物は意外とコンパクトで、とても”可愛らしいなあ”という
印象でしたので、オーナーさまの御厚意により、エンジンルームを
中心にお腹いっぱいになるまで撮らせて頂きました。大変お世話になり、誠にありがとうございました。
…というのも、バンダイ1/20のファイアウォールは
簡素且つ平面的な出来で、実車のような深い奥行きのある造形とは程遠く、改造/修正のポイント要所となるのが明らかなためです。
キチンとカッコ良く作ろうと思うなら、非常に手強いですよバンダイ1/20は。
それに対して、アポロ/日東1/24は現時点で最強のプロポーション再現を誇っています。
今でも少々頑張れば日東版が入手可能と思いますが、
長年の生産により、サイドのレインモールがヨタってしまっていますので、削って新たにプラ材で再現しておきたいポイントです。
ところで、先回コロナマークIIの時にリンクしてみました懐かしの
「キイハンター」OPですが、
前期ではコロナマークIIの登場シーンにおいて、
後期OPではギャランハードトップGSとGTOに
「差し替えられて」いたんですね。
今では考えにくい話ですが、当時は両車とも三菱のイチオシな
ホットモデルでしたので頑張って売り込んでいたのでしょうかね…。
2008年02月09日
溜池蔵その5:トヨタ・セリカ1600ST
1月27日(日)お台場:2008JCCAニューイヤーミーティングにて、
貴重な旧車たちを『モデラー視点』で取材させて頂きました。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
今回はトヨタ・セリカ1600STです。
バンダイ1/20、ニチモ1/20・1/24、オオタキ1/20、マルイ1/24、
ハセガワ1/24、クラウンモデル1/24、永大1/24、ナカムラ1/24、
ヤマダ/童友社1/24・日東約1/28・1/32、イッコー約1/28・1/32、
セントラル1/32etc.(バンダイ以外GT専用)
現在発売中のノスヒロ誌125号でもお馴染みの車体ですね。
しかも稀少なレザートップ仕様。
ウチの安デジカメ、旧くて超電池食いなのですが、
発色が被写体に忠実でいまだに気に入ってます。
このセリカの画像も、ノスヒロ誌面よりも実車に似たターコイズの
色味が出ています。
STストライプは実際に観ると、ステッカーではなく丁寧な塗装による仕上げに思えました。
実に手間が掛かった感じです。非常に良いコンディションで美しい車体、正に奇蹟的です。









































貴重な旧車たちを『モデラー視点』で取材させて頂きました。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
今回はトヨタ・セリカ1600STです。
バンダイ1/20、ニチモ1/20・1/24、オオタキ1/20、マルイ1/24、
ハセガワ1/24、クラウンモデル1/24、永大1/24、ナカムラ1/24、
ヤマダ/童友社1/24・日東約1/28・1/32、イッコー約1/28・1/32、
セントラル1/32etc.(バンダイ以外GT専用)
現在発売中のノスヒロ誌125号でもお馴染みの車体ですね。
しかも稀少なレザートップ仕様。
ウチの安デジカメ、旧くて超電池食いなのですが、
発色が被写体に忠実でいまだに気に入ってます。
このセリカの画像も、ノスヒロ誌面よりも実車に似たターコイズの
色味が出ています。
STストライプは実際に観ると、ステッカーではなく丁寧な塗装による仕上げに思えました。
実に手間が掛かった感じです。非常に良いコンディションで美しい車体、正に奇蹟的です。
2008年02月06日
2008年02月03日
溜池蔵その3:トヨペット・コロナマークII ハードトップ(初代)
1月27日(日)お台場:2008JCCAニューイヤーミーティングにて、
貴重な旧車たちを『モデラー視点』で取材させて頂きました。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
今回はトヨペット・コロナマークII ハードトップです。
バンダイ1/16、ニチモ1/20、大滝1/24、ヤマダ1/24、クラウンモデル1/28etc.
リアビューは懐かしの『キイハンター』オープニングを想起させますね~。



































貴重な旧車たちを『モデラー視点』で取材させて頂きました。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
今回はトヨペット・コロナマークII ハードトップです。
バンダイ1/16、ニチモ1/20、大滝1/24、ヤマダ1/24、クラウンモデル1/28etc.
リアビューは懐かしの『キイハンター』オープニングを想起させますね~。
2008年02月02日
2008年01月31日
2008年01月31日
2008ニューイヤーミーティング
去る1月27日(日)お台場:JCCAニューイヤーミーティングへ取材/展示/チョット営業へ行ってきました。
今年の大収穫は何と云ってもデ・トマソ・マングスタ実車を拝見させて頂けたことですね。それはまたのちほど改めて…
朝早めに出掛けたのは良いのですが、途中借りて乗ってきたクルマのキーが行方不明になるハプニングがあり、持ち主の友人にスペアキーを借りに行って2時間近くロスしてしまいましたが、ナンとか無事解決後、いつもお世話になっております全日本ダットサン会:Duck410さんのスペースをお借りして短時間ながら作例展示させて頂きました。










夕方になってから珍しい車種を発見することも多く、今回も色々と取材しきれずに余りにも心残りではありましたが、来年はもっと入念に準備して、もう1時間早起きして充実した取材に心掛けたいです。
このあとは暫し『モデラー視点』で取材させて頂いた実車画像シリーズをお送りしたいと想いバス。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
今年の大収穫は何と云ってもデ・トマソ・マングスタ実車を拝見させて頂けたことですね。それはまたのちほど改めて…
朝早めに出掛けたのは良いのですが、途中借りて乗ってきたクルマのキーが行方不明になるハプニングがあり、持ち主の友人にスペアキーを借りに行って2時間近くロスしてしまいましたが、ナンとか無事解決後、いつもお世話になっております全日本ダットサン会:Duck410さんのスペースをお借りして短時間ながら作例展示させて頂きました。
夕方になってから珍しい車種を発見することも多く、今回も色々と取材しきれずに余りにも心残りではありましたが、来年はもっと入念に準備して、もう1時間早起きして充実した取材に心掛けたいです。
このあとは暫し『モデラー視点』で取材させて頂いた実車画像シリーズをお送りしたいと想いバス。
実車オーナーさま各位には改めて御礼申し上げます。
2008年01月06日
愛ある食事
新年明けちゃいました、おめでとうございました。
もし宜しければ、本年も不定期ながら当方の拙い駄文と御付き合いくださいませ。
07.12.31(月)
大学時代の音楽サークル仲間である友人:M氏宅へお世話になりに東京・南千住へ出掛けました。
頂いたメール:
「31日は昼につきたて餅を食うので早めに来られたし。納豆とか用意するよ。チョーうまいよ。」
「落語風
昨日メールしたけど、31日の昼間に餅つき機で餅をついて
つきたてを納豆なんぞに絡めて頂こうってぇ寸法でぇ。
面倒かけて悪ぃが、ちょいと早く来ておくれでないか?
なあに、12時ちょい前に来てくれればいいんでさぁ。
なんせ、餅はすぐに固くなっちまいやがるから間をおいちゃぁでぇなしになっちまうんでね。
おっと、こいつは釈迦に説法だ。」
小田急線~東海道線~山手線~地下鉄日比谷線と乗り継いで
ナンとかお昼前に到着、駅近くの酒屋さんでビール券を色々と交換して手土産に。
そんなわけで、餅つき機の登場。どこか懐かしいでしょ。
M氏の奥方の御母様の御友人が用意してくださったレアな逸品。
30年以上は経っているようです。この風情・色遣いは昭和50年頃製に思えます。

つきたてのお餅はこの上なく”やらかい”です。
・ひきわり納豆+醤油 ・大根おろし+醤油 ・きなこ の三つの味で
M氏御一家+御友人と上記音楽サークル一年後輩のT氏一家とワタクシの総勢10名で多良福頂きました。
その他、・鮭の刺身 ・ホタテの刺身 ・M氏実家特製沢庵 ・焼き味噌のしそ巻き ・いくら ・数の子 ・飛良泉 ・田苑 etc.
これぞ道産子大晦日メニュー。いくらをはじめ、北海道産は『段違い』に美味いです。
ほとんど忘れかけていた「深み」のある味です。アタマの芯に染み渡るような感覚。
各種格闘技と紅白をアレコレ観ながら、23:45頃「年越しそば」を頂く。
08.1.1(火)
朝、おせち的な ・だて巻き ・黒豆 ・数の子 ・栗きんとん ・昆布巻き
そして、御雑煮を頂く。
約10年振りに初詣、近所の素盞雄神社へ。なかなかの行列。


超ヴェテランによる太鼓と笛のシンプルで見事なアンサンブルに乗って、獅子舞いが踊り甘噛み。
獅子舞いの口の中にも御賽銭を入れるんですなあ。
後ろから観るとヘヴィメタルな人みたい。

ようやく正面にきました。拝み方を忘れてしまっていたのでM氏に教えてもらって弐拍弐礼。

15時頃、札幌西山製麺の醤油ラーメンとごはん、いくらを頂く。
夜は ・焼き鮭 ・いくら ・たらこ ・味噌汁
風呂を頂いてから ・ビール ・M氏実家特製沢庵 ・すじこ ・数の子・M氏特製オムレツ ・いかくん短冊 ・鮭冬葉 ・久米仙お湯割り+梅干。

…で、この時点でようやく「折角なのでメニュー写真を撮っておこう」と思ったのでした。
上記の餅つき機は使い終えてから撮ったわけです。
次の機会では初めから撮っておこうと決めた次第で。
昨年暮れにケータイを機種変更して、やっと「写メール」が出来るようになったので。
普段はコンビニ弁当などの「愛のない食事」に終始していたワタシですが、この時期だけは『家庭の味』という”店では味わえない特別な御馳走”を頂けたわけで。
M氏、いつもどうもありがとうございました。
ようやく年賀状も落ち着いたことだし、そろそろギヤを入れて動き出すことに致します。
本年もお世話になります、何卒宜しくお願い申し上げます。
もし宜しければ、本年も不定期ながら当方の拙い駄文と御付き合いくださいませ。
07.12.31(月)
大学時代の音楽サークル仲間である友人:M氏宅へお世話になりに東京・南千住へ出掛けました。
頂いたメール:
「31日は昼につきたて餅を食うので早めに来られたし。納豆とか用意するよ。チョーうまいよ。」
「落語風
昨日メールしたけど、31日の昼間に餅つき機で餅をついて
つきたてを納豆なんぞに絡めて頂こうってぇ寸法でぇ。
面倒かけて悪ぃが、ちょいと早く来ておくれでないか?
なあに、12時ちょい前に来てくれればいいんでさぁ。
なんせ、餅はすぐに固くなっちまいやがるから間をおいちゃぁでぇなしになっちまうんでね。
おっと、こいつは釈迦に説法だ。」
小田急線~東海道線~山手線~地下鉄日比谷線と乗り継いで
ナンとかお昼前に到着、駅近くの酒屋さんでビール券を色々と交換して手土産に。
そんなわけで、餅つき機の登場。どこか懐かしいでしょ。
M氏の奥方の御母様の御友人が用意してくださったレアな逸品。
30年以上は経っているようです。この風情・色遣いは昭和50年頃製に思えます。

つきたてのお餅はこの上なく”やらかい”です。
・ひきわり納豆+醤油 ・大根おろし+醤油 ・きなこ の三つの味で
M氏御一家+御友人と上記音楽サークル一年後輩のT氏一家とワタクシの総勢10名で多良福頂きました。
その他、・鮭の刺身 ・ホタテの刺身 ・M氏実家特製沢庵 ・焼き味噌のしそ巻き ・いくら ・数の子 ・飛良泉 ・田苑 etc.
これぞ道産子大晦日メニュー。いくらをはじめ、北海道産は『段違い』に美味いです。
ほとんど忘れかけていた「深み」のある味です。アタマの芯に染み渡るような感覚。
各種格闘技と紅白をアレコレ観ながら、23:45頃「年越しそば」を頂く。
08.1.1(火)
朝、おせち的な ・だて巻き ・黒豆 ・数の子 ・栗きんとん ・昆布巻き
そして、御雑煮を頂く。
約10年振りに初詣、近所の素盞雄神社へ。なかなかの行列。


超ヴェテランによる太鼓と笛のシンプルで見事なアンサンブルに乗って、獅子舞いが踊り甘噛み。
獅子舞いの口の中にも御賽銭を入れるんですなあ。
後ろから観るとヘヴィメタルな人みたい。

ようやく正面にきました。拝み方を忘れてしまっていたのでM氏に教えてもらって弐拍弐礼。

15時頃、札幌西山製麺の醤油ラーメンとごはん、いくらを頂く。
夜は ・焼き鮭 ・いくら ・たらこ ・味噌汁
風呂を頂いてから ・ビール ・M氏実家特製沢庵 ・すじこ ・数の子・M氏特製オムレツ ・いかくん短冊 ・鮭冬葉 ・久米仙お湯割り+梅干。

…で、この時点でようやく「折角なのでメニュー写真を撮っておこう」と思ったのでした。
上記の餅つき機は使い終えてから撮ったわけです。
次の機会では初めから撮っておこうと決めた次第で。
昨年暮れにケータイを機種変更して、やっと「写メール」が出来るようになったので。
普段はコンビニ弁当などの「愛のない食事」に終始していたワタシですが、この時期だけは『家庭の味』という”店では味わえない特別な御馳走”を頂けたわけで。
M氏、いつもどうもありがとうございました。
ようやく年賀状も落ち着いたことだし、そろそろギヤを入れて動き出すことに致します。
本年もお世話になります、何卒宜しくお願い申し上げます。
2007年12月05日
八王子いちょう祭りクラシックカーパレード
この2週間程雑用が立て込んでおり更新大変お待たせ致しました。
只今発売中のモデルカーズ誌140号「今月の1台」コーナーにて
アオシマ1/24 フェアレディZ33 バージョンST'05にて拙作初見参となっております、
本屋さんへお寄りの際には御笑覧頂ければ幸いです。
去る11/18(日)、旧車取材のため八王子いちょう祭りを観に行ってきました。
国産/外国車それぞれバラエティに富んだLine Upとなっていました。
オーナーさま各位のプライバシー保護のために、
本日ようやく画像処理ソフトを導入してナンバープレート箇所を加工してみました。

























































































































只今発売中のモデルカーズ誌140号「今月の1台」コーナーにて
アオシマ1/24 フェアレディZ33 バージョンST'05にて拙作初見参となっております、
本屋さんへお寄りの際には御笑覧頂ければ幸いです。
去る11/18(日)、旧車取材のため八王子いちょう祭りを観に行ってきました。
国産/外国車それぞれバラエティに富んだLine Upとなっていました。
オーナーさま各位のプライバシー保護のために、
本日ようやく画像処理ソフトを導入してナンバープレート箇所を加工してみました。

























































































































2007年11月17日
キザ男とオネンとGTO。
バンダイ1/20 コルトギャランGTO-MRです。
実車は"Hip Up Coupe"のキャッチフレーズで1970年10月発表、DOHC・ツインカム125馬力サターンAIIIエンジン搭載、最高速度200km/h。
実車のMRにおいて、決めカラーはケニアオレンジが王道でしょうが、
バンダイ版初版の成型色は微妙に朱色掛かったものと、青色の2種類がありました。
ワイルド且つドラマチックな構図のボックスアートが印象的。初版当時定価\800-。


カタログの世界観をそのまま表現している箱絵に対して、
肝心のボディはリアクオーター辺りからの再現にスマートさが欠けていて
やや難があるように思えます。
それでも1/20クーペシリーズ中唯一、フューエルリッド開閉というギミックに果敢にトライした作りとなっています。

1973年、世間はオイルショックによる様々な騒動が起きていた頃、ワタシは小学三年生でした。当時の子どもたちにとってはそのようなオトナ的事情は特に判る程でもなく、今思い起こしても何かと楽しかった想い出ばかりの年でした。あの頃は一生に一度あるかどうかというぐらい、妙に『モテ期』で、クラスの女子からは毎日のように「sakachew君、今日アタシんちに遊びに来ない?」と頻繁に誘われていましたし。…そんなの今ではシンジラレナーイ。時代が良かったんですわ、つくづく。
ワタシのオカンは、少し離れた別の小学校に給食のパートとして勤めに行っており、そこがワタシの通う小学校と「姉妹校」の関係で給食メニューが共通で、家に帰ってきてからも「おやつ」として、昼の給食と同じメニューの(wソフト麺ミートソースを喰していたりしました。味付けは微妙に違っていましたけど。
そんな中、或る日男子の転校生がクラスにやって来ました。
父親の転勤により関東から転校してきた彼は、如何にもイイとこの坊ちゃん風で、○戸錠風な顔のキザな風体で、当時最新式のフラッシャー付きデラックス仕様のスポーツ自転車を乗り廻していました。
少年マンガ誌広告でそんな豪華な自転車を見て、自分もいつかは欲しいと思っていたのですが、ワタシの場合は、リアフェンダーには赤く丸いリフレクターのみ付いたよくあるタイプの自転車で、低学年の頃から乗り続けていて補助輪を取ったばかりのものでした。
その転校生君は、恵まれた家庭環境を自慢気にハナに掛けるようなところがあって、クラスメイト達からは少々顰蹙を買ったりもしていました。
そんな彼の家(今思えば社宅)へ遊びに行った時、玄関前に停まっていた、彼の父親が所有しているクルマに目を奪われました。それが、ギャランGTOでした。
目にも鮮やかなオレンジ色のカッコイイボディ。
黒く太いストライプがボディサイドを堂々と渡り、リアトランクで直角に跳ね上がる。
左右2ヶずつ、真っ赤で四角いテールランプが並んでいる。
リアガーニッシュには誇らしげに「MR」のエンブレムが。
当時ウチのクルマといえば、明○製菓払い下げの中古のサニー1200・4ドアバンで、フロントフェンダーがウグイス色、前後ドアがアイボリー、リアフェンダーが赤、といったチグハグでナンとも恥ずかしいような三色に分かれたボディカラーでした。
クラスの男子同士では、父親がどんなクルマに乗っているのか、話題になった事が幾度か有ったことと思います。そんな時も転校生君は自分ん家のギャランGTOを自慢気に語っちゃっておりました。「最高スピード200kmなんだぜ!」
ワタシとしては、ウチのサニーバンはとても自慢出来るようなクルマではなく、そんな場面ではいつも大変歯がゆい思いをしていました。
あの頃が、今言うところの『格差社会』のようなものを認識した原体験だったのかも知れません。
それでも非常に幸せだった1973年が過ぎ、翌1974年春。
学校ではクラス替えが行なわれ、それまで同じクラスだった親友たちや担任の先生とは別のクラスになってしまい、一転して今度は今一つ馴染めない新クラスメイトからは「短足、短足」とからかわれるような日が続きました。所変われば品変わるみたいな、あまり楽しくはない日々でした。只唯一救いだったのは、これまた東京から引っ越してきた女子転校生が地元札幌では全く見掛けないタイプの洗練された別嬪さんで、クラスのみならず学年ごとでウワサになるような美人の子で、同じ学級委員を務めたこともあってか、どういうわけかワタシはその子に好かれていたようなところがありました。
この時にワタシの人生において、たったの9歳で異性運を使い果たしてしまったのかも知れません…。
そんな頃、アパート暮らしだったウチが別の区に新築していた一軒家が6月にいよいよ完成して引越しする事になり、小学校を転校することになりました。
子どもにとって隣の区に移るのは、正に新天地での生活、まったくの別世界でした。
今度はワタシが転校生と相成ったわけですが、先の別嬪さんとも暫くは文通していたりしましたが、新しい土地で新しい友人も順調に出来て行き、何時の間にか音信不通になってしまいました。
新居に越してきて間もなく、客間の青々とした畳の井草の良い香りがする頃、
丁度札幌に初めて「○イエー」がオープンすることになり、オカンと2つ年上のオネンとワタシで早速買い物に出掛けました。
あの当時、各階売り場ではエンドレスで「○イエー」のテーマ曲が延々と掛かっていたのを忘れることは出来ません。あれだけシツコク聴かされては、いまだに思い出してしまいます、あのビブラートの歌声と共に…。
key=A♭
♪○イエー ○イエーィ イェイイェイイェイイェイイェイ
○イエー とっても イェイイェイイェイイェイイェイ
これがわたしの~ お買い物~~
○イエー ○イエーィ イェイイェイイェイイェイイェイ
○イエー とってーも イェイイェイイェイイェイイェイ
ショッパーズプラザ~ ○~~イ~~エー~~~~…♪
はじめはオカンに連れられて雑貨類を見て廻っていましたが、フロアを上がっていくと、模型売り場があるので、オネンと寄らせてもらいました。
…そこは今にして思えば信じられない光景ですが、今やすっかりお宝と化したバンダイ1/20クーペシリーズ各種が所狭しと山積みされていたんです。そういう時代だったんです。
それで、どういう風の吹き回しなのか、それまでプラモになど別段興味を持っていなかったオネンがいきなり、「これカッコイイから作ってみたい♪」とオカンに買ってもらったのが、ギャランGTO-MRでした。
ワタシはそのGTOの製作を手伝わせて貰えれば良いかな、と思い、自分用には特に何か買ってもらわずに帰宅したものの、GTOは殆どオネン1人でサクサクと完成させてしまいましたとさ。
初版に付属していたデカールは黒ではなく、白のストライプでした。
まあロクに塗装もせず組んだ上にストライプのデカールを貼ったものだから、完成後に少しずつ剥がれてきたけれども、オネンの作ったGTO完成品が毎日観たくて観たくて、自分の部屋に戻れと言われるまで何かとオネンの部屋に入り浸っていました。
それから数年経ち、やっとGTO完成品をオネンから譲ってもらいました。
1980年春の再販版。
コレの前に、初版イラストを流用した過渡期的再販パッケージと
レーシング仕様(タイヤはノーマルのみ付属・ワイドタイヤは別売り)の
パッケージが存在しています。

実車のギャランGTO。(トヨタ博物館所蔵)

永大製1/24。成型色は明るいオレンジ。

永大版は初版から3~4年経った頃、ムギ球付きヘッドライト点灯・ドア開閉のDX版が発売されました。
しかしながら、アポロモケイから日東科学に金型が移った1/24別製品のほうが、スケールモデルとしてはベストな出来と思います。永大版は僅かに武骨な印象を受けます。

バンダイ版1/20のGTOは現在の目で観ると、ボディのプロポーションのみならずインテリアもややオカシナ点が散見されます。そんな出来の割りにすっかり相場が上がってしまい、なかなか買い辛くなってしまいました。
期が熟したら、辛うじて手許にある再販版を色々と手を入れて組んでみたいです。
完成した暁には、地元にいるオネンに写真を見せてあげようと思っています。
実車は"Hip Up Coupe"のキャッチフレーズで1970年10月発表、DOHC・ツインカム125馬力サターンAIIIエンジン搭載、最高速度200km/h。
実車のMRにおいて、決めカラーはケニアオレンジが王道でしょうが、
バンダイ版初版の成型色は微妙に朱色掛かったものと、青色の2種類がありました。
ワイルド且つドラマチックな構図のボックスアートが印象的。初版当時定価\800-。


カタログの世界観をそのまま表現している箱絵に対して、
肝心のボディはリアクオーター辺りからの再現にスマートさが欠けていて
やや難があるように思えます。
それでも1/20クーペシリーズ中唯一、フューエルリッド開閉というギミックに果敢にトライした作りとなっています。

1973年、世間はオイルショックによる様々な騒動が起きていた頃、ワタシは小学三年生でした。当時の子どもたちにとってはそのようなオトナ的事情は特に判る程でもなく、今思い起こしても何かと楽しかった想い出ばかりの年でした。あの頃は一生に一度あるかどうかというぐらい、妙に『モテ期』で、クラスの女子からは毎日のように「sakachew君、今日アタシんちに遊びに来ない?」と頻繁に誘われていましたし。…そんなの今ではシンジラレナーイ。時代が良かったんですわ、つくづく。
ワタシのオカンは、少し離れた別の小学校に給食のパートとして勤めに行っており、そこがワタシの通う小学校と「姉妹校」の関係で給食メニューが共通で、家に帰ってきてからも「おやつ」として、昼の給食と同じメニューの(wソフト麺ミートソースを喰していたりしました。味付けは微妙に違っていましたけど。
そんな中、或る日男子の転校生がクラスにやって来ました。
父親の転勤により関東から転校してきた彼は、如何にもイイとこの坊ちゃん風で、○戸錠風な顔のキザな風体で、当時最新式のフラッシャー付きデラックス仕様のスポーツ自転車を乗り廻していました。
少年マンガ誌広告でそんな豪華な自転車を見て、自分もいつかは欲しいと思っていたのですが、ワタシの場合は、リアフェンダーには赤く丸いリフレクターのみ付いたよくあるタイプの自転車で、低学年の頃から乗り続けていて補助輪を取ったばかりのものでした。
その転校生君は、恵まれた家庭環境を自慢気にハナに掛けるようなところがあって、クラスメイト達からは少々顰蹙を買ったりもしていました。
そんな彼の家(今思えば社宅)へ遊びに行った時、玄関前に停まっていた、彼の父親が所有しているクルマに目を奪われました。それが、ギャランGTOでした。
目にも鮮やかなオレンジ色のカッコイイボディ。
黒く太いストライプがボディサイドを堂々と渡り、リアトランクで直角に跳ね上がる。
左右2ヶずつ、真っ赤で四角いテールランプが並んでいる。
リアガーニッシュには誇らしげに「MR」のエンブレムが。
当時ウチのクルマといえば、明○製菓払い下げの中古のサニー1200・4ドアバンで、フロントフェンダーがウグイス色、前後ドアがアイボリー、リアフェンダーが赤、といったチグハグでナンとも恥ずかしいような三色に分かれたボディカラーでした。
クラスの男子同士では、父親がどんなクルマに乗っているのか、話題になった事が幾度か有ったことと思います。そんな時も転校生君は自分ん家のギャランGTOを自慢気に語っちゃっておりました。「最高スピード200kmなんだぜ!」
ワタシとしては、ウチのサニーバンはとても自慢出来るようなクルマではなく、そんな場面ではいつも大変歯がゆい思いをしていました。
あの頃が、今言うところの『格差社会』のようなものを認識した原体験だったのかも知れません。
それでも非常に幸せだった1973年が過ぎ、翌1974年春。
学校ではクラス替えが行なわれ、それまで同じクラスだった親友たちや担任の先生とは別のクラスになってしまい、一転して今度は今一つ馴染めない新クラスメイトからは「短足、短足」とからかわれるような日が続きました。所変われば品変わるみたいな、あまり楽しくはない日々でした。只唯一救いだったのは、これまた東京から引っ越してきた女子転校生が地元札幌では全く見掛けないタイプの洗練された別嬪さんで、クラスのみならず学年ごとでウワサになるような美人の子で、同じ学級委員を務めたこともあってか、どういうわけかワタシはその子に好かれていたようなところがありました。
この時にワタシの人生において、たったの9歳で異性運を使い果たしてしまったのかも知れません…。
そんな頃、アパート暮らしだったウチが別の区に新築していた一軒家が6月にいよいよ完成して引越しする事になり、小学校を転校することになりました。
子どもにとって隣の区に移るのは、正に新天地での生活、まったくの別世界でした。
今度はワタシが転校生と相成ったわけですが、先の別嬪さんとも暫くは文通していたりしましたが、新しい土地で新しい友人も順調に出来て行き、何時の間にか音信不通になってしまいました。
新居に越してきて間もなく、客間の青々とした畳の井草の良い香りがする頃、
丁度札幌に初めて「○イエー」がオープンすることになり、オカンと2つ年上のオネンとワタシで早速買い物に出掛けました。
あの当時、各階売り場ではエンドレスで「○イエー」のテーマ曲が延々と掛かっていたのを忘れることは出来ません。あれだけシツコク聴かされては、いまだに思い出してしまいます、あのビブラートの歌声と共に…。
key=A♭
♪○イエー ○イエーィ イェイイェイイェイイェイイェイ
○イエー とっても イェイイェイイェイイェイイェイ
これがわたしの~ お買い物~~
○イエー ○イエーィ イェイイェイイェイイェイイェイ
○イエー とってーも イェイイェイイェイイェイイェイ
ショッパーズプラザ~ ○~~イ~~エー~~~~…♪
はじめはオカンに連れられて雑貨類を見て廻っていましたが、フロアを上がっていくと、模型売り場があるので、オネンと寄らせてもらいました。
…そこは今にして思えば信じられない光景ですが、今やすっかりお宝と化したバンダイ1/20クーペシリーズ各種が所狭しと山積みされていたんです。そういう時代だったんです。
それで、どういう風の吹き回しなのか、それまでプラモになど別段興味を持っていなかったオネンがいきなり、「これカッコイイから作ってみたい♪」とオカンに買ってもらったのが、ギャランGTO-MRでした。
ワタシはそのGTOの製作を手伝わせて貰えれば良いかな、と思い、自分用には特に何か買ってもらわずに帰宅したものの、GTOは殆どオネン1人でサクサクと完成させてしまいましたとさ。
初版に付属していたデカールは黒ではなく、白のストライプでした。
まあロクに塗装もせず組んだ上にストライプのデカールを貼ったものだから、完成後に少しずつ剥がれてきたけれども、オネンの作ったGTO完成品が毎日観たくて観たくて、自分の部屋に戻れと言われるまで何かとオネンの部屋に入り浸っていました。
それから数年経ち、やっとGTO完成品をオネンから譲ってもらいました。
1980年春の再販版。
コレの前に、初版イラストを流用した過渡期的再販パッケージと
レーシング仕様(タイヤはノーマルのみ付属・ワイドタイヤは別売り)の
パッケージが存在しています。

実車のギャランGTO。(トヨタ博物館所蔵)

永大製1/24。成型色は明るいオレンジ。

永大版は初版から3~4年経った頃、ムギ球付きヘッドライト点灯・ドア開閉のDX版が発売されました。
しかしながら、アポロモケイから日東科学に金型が移った1/24別製品のほうが、スケールモデルとしてはベストな出来と思います。永大版は僅かに武骨な印象を受けます。

バンダイ版1/20のGTOは現在の目で観ると、ボディのプロポーションのみならずインテリアもややオカシナ点が散見されます。そんな出来の割りにすっかり相場が上がってしまい、なかなか買い辛くなってしまいました。
期が熟したら、辛うじて手許にある再販版を色々と手を入れて組んでみたいです。
完成した暁には、地元にいるオネンに写真を見せてあげようと思っています。
2007年11月08日
第40回東京モーターショー2007
先週11/3(土・文化の日)、2年振りの東京モーターショーへ行ってきました。
週末・祝日で大層賑わっていました。
まず目を引いたのは、エルフの旧型。


まあオッチャンどもの多いこと。(オラもナ~)
なかなか前に進めません。
やっとの思いでGT-Rが撮れました。


おねーサンを撮る度に、ウチの安デジカメの限界を思い知らされます。








旧いボルボ。
以前より旧車展示が少なかったです、もっと色々観たかったな。





出ましたマイバッハ。

ほとんど寝台車のノリですかね。ちゃんとシートベルトするのかな。

どっかで観たような御顔で…?



おっちゃんは金髪に弱いか…?


ツヤ消しの渋~いポルシェ。

今も昔も、ポルシェは少年に大人気です。

今回の”ナンだコレ?”シトロエン。





タイヤまでエコ風味。


キリッとした面構えのマセラティ。

ロータスは死なず。

一般ピープルは蚊帳の外。

昔の365Pを想起させるような。

ミニカーをちりばめていました。

今年イマ一つ冴えなかったホンダRA。

日本GP仕様で、中央に日本地図。

ホンダブースは天井に地球が。




ダイハツはいつも元気元気。ダンスダンス。


トヨタは今回なんか控えめな感じ。もう少しサプライズが欲しかったような。



ニュービートルカブリオレ。婦女子に大人気でした。


ランボルギーニは特別な事せずとも、この人だかり。ナンなんだ。
ココも選ばれたヒトしか入れません。

大口開けて歯を剥き出しにして笑うプジョー。ガハハハハ!

BMWブースのホイールはビュンビュン回っております。

今年優秀だったBMWF1。

ブース2階に展示してあるミニのドアがランダムに開閉しています。

トミカのまち。只今消火中。

トミカの裏にはプラレールのまち。

歩き草臥れた躯に、センチュリーはどこまでも優しかったです。


今回はホンダでパンフを配っていたおねーサンがイチ押しでした。
TVで観るタレントなど遥かに超えたレベルでしたよ。
そんなこんなで、非日常の「向こうの世界」から遥々帰還致しました。やれやれ。
週末・祝日で大層賑わっていました。
まず目を引いたのは、エルフの旧型。


まあオッチャンどもの多いこと。(オラもナ~)
なかなか前に進めません。
やっとの思いでGT-Rが撮れました。


おねーサンを撮る度に、ウチの安デジカメの限界を思い知らされます。








旧いボルボ。
以前より旧車展示が少なかったです、もっと色々観たかったな。





出ましたマイバッハ。

ほとんど寝台車のノリですかね。ちゃんとシートベルトするのかな。

どっかで観たような御顔で…?



おっちゃんは金髪に弱いか…?


ツヤ消しの渋~いポルシェ。

今も昔も、ポルシェは少年に大人気です。

今回の”ナンだコレ?”シトロエン。





タイヤまでエコ風味。


キリッとした面構えのマセラティ。

ロータスは死なず。

一般ピープルは蚊帳の外。

昔の365Pを想起させるような。

ミニカーをちりばめていました。

今年イマ一つ冴えなかったホンダRA。

日本GP仕様で、中央に日本地図。

ホンダブースは天井に地球が。




ダイハツはいつも元気元気。ダンスダンス。


トヨタは今回なんか控えめな感じ。もう少しサプライズが欲しかったような。



ニュービートルカブリオレ。婦女子に大人気でした。


ランボルギーニは特別な事せずとも、この人だかり。ナンなんだ。
ココも選ばれたヒトしか入れません。

大口開けて歯を剥き出しにして笑うプジョー。ガハハハハ!

BMWブースのホイールはビュンビュン回っております。

今年優秀だったBMWF1。

ブース2階に展示してあるミニのドアがランダムに開閉しています。

トミカのまち。只今消火中。

トミカの裏にはプラレールのまち。

歩き草臥れた躯に、センチュリーはどこまでも優しかったです。


今回はホンダでパンフを配っていたおねーサンがイチ押しでした。
TVで観るタレントなど遥かに超えたレベルでしたよ。
そんなこんなで、非日常の「向こうの世界」から遥々帰還致しました。やれやれ。
2007年10月24日
MC137号スバル特集:その21。(2007)
毎度お世話になっておりますモデルカーズ誌137号特集掲載:スバル1000納品直前画像です。
紆余曲折を経て、おかげさまで完成と致しました。
あとで何か少々コメントを追加すると思います。
これらは納品直前の画像でして、いつもの修羅場な状況下での撮影につき、
またいずれ、日を改めて外でロケーションしてみたいと思います。
特集に携わった皆様、大変おつかれさまでした、今回も色々と誠にありがとうございました。
暫し新作に専念したいと想いバス。























最後にボンネット上のアンテナを取り付けて、ようやく完成。


紆余曲折を経て、おかげさまで完成と致しました。
あとで何か少々コメントを追加すると思います。
これらは納品直前の画像でして、いつもの修羅場な状況下での撮影につき、
またいずれ、日を改めて外でロケーションしてみたいと思います。
特集に携わった皆様、大変おつかれさまでした、今回も色々と誠にありがとうございました。
暫し新作に専念したいと想いバス。























最後にボンネット上のアンテナを取り付けて、ようやく完成。


